反原発・フクシマ連帯

『A2-B-C』上映会での杉井医師(代表呼びかけ人)の発言

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 1月17日日比谷コンベンションホールで行われた映画『A2-B-C』上映会での、ふくしま共同診療所、杉井吉彦医師の発言の一部を紹介します。杉井先生は許すな改憲!大行動の呼びかけ人でもあります。(文責は事務局)2011年3・11の震災と福島第一原発事故を見て、チェルノブイリの姿が浮かびました。全国の医師の力で頑張らなければならない事態だと思い、色々なつながりをつくりながら今日まで活動しています。

 わたしたちがなぜふくしま共同診療所をつくったのか。そして、今から何をしなければならないのか。どういうことが今から起こりうるのか。
映画の中で山下俊一教授が出てきます。彼がチェルノブイリに行って書いた論文ではすでに、何ミリシーベルトで安全でない、と書いています。3月21日の福島で、「放射線の影響は実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます。これは明確な動物実験で分かっています」と講演しました。福島のお母さんたちが怒るのは当然です。この方針は今に至るまで変わっていません。

 あの映画の時点では、ほとんど甲状腺ガンのことは出ていませんでした。A1、A2、Bでなんとなく危ない、のう胞があるっていう話でした。現在はほぼ150です。福島は200万人です。子どもが35万人前後です。そのうち、甲状腺ガンは100万人に一人か10万人に一人と言われている。10万人に一人だったら、年間で3.5人になる。それが桁違いに2~3年で多くなっている。百数十人の人が甲状腺ガンの手術を受けているという状況があります。お母さん方のお友達の息子さんが甲状腺ガンの手術をやった、という話になっています。
 現在に至るまで10万人が避難を続けています。「年間20ミリシーベルト以下は全部帰す」という方針です。チェルノブイリでは1ミリから5ミリは避難権利地区です。5ミリから20ミリはもう無条件でいなくなるんです。チェルノブイリでは、1ミリ以下に住んでいる人に対する健康相談会や年間の治療が20数年間ずっと続いています。20数万人の方が24日間の保養に行っています。すごいですよ。現在もまだ、1ミリシーベルト以下に住んでいる所でやっています。日本は年間20ミリシーベルトまで還るんです。時間で0.24マイクロシーベルト以下が年間1ミリシーベルト。0.24だったら、福島県内にたくさんあります。数十万人の人が、本来チェルノブイリ基準だったら出なければいけない所に住んでいます。この状況が5年も経っています。

 避難しているうちの約2万人は、依然として災害救助法で許されている2年間の避難住宅の権限を超えて住んでいます。2万人のうち、1万3千世帯分かな。だいたい1人か2人か。圧倒的に年齢の高い方です。そのうえ、寒いです。戦後最長の避難住宅がまだ続いています。
 今避難している人達に対して、避難の慰謝料、補償金を出していますが、再来年の何月かでそれを打ち切るという方針をすでに出しています。打ち切るんだったら還るのか。還れない。還せない。セシウムの半減期は28年とか30年とか言われています。まだ5年目です。半減するまでまだ十数年あります。こういう状態が今も続いています。こんな悲惨な状態が現在の福島にあります。映画作成の時点では、2年目ぐらいでしたからあまり出てきませんでした。今、5年経ったところでこうなっているのです。
 当然、5年目が節目になっています。こういう話が延々と続いています。積み重なっています。もう一回、A1-B2を、今度はCの問題を含めてやらなきゃいけない時代に突入しているのです。

 何年やれるか分からないけど、限界までやっていきます。どんどん新しい人達が来る。それをみんなで支えなければならない。甲状腺に関しては150人の患者さんが出ています。今、甲状腺委員会では、関係ない、と言い続けるんです。さすがに、多発は認める、と。しかし多発が何なのかということを一切言おうとしない。ひとつは、「福島の放射線量は少ない」と無前提にいい続け、二つ目は、甲状腺エコー検査が丁寧になったからだ、というんです。もちろん技術は最初からかわりません。こんなかたちで、事実を無視した発言が続けられている。「過剰診療だ」ということが盛んに言われています。甲状腺は早く発見しても差はないから、一人ぐらいしか増えないからって。一人でも増えたら大変なのに。情けない。悲しい状況です。

 力があれば全部引き受けるんですが、まだ力がありませんので全部引き受けられません。30万人の検査を毎年やり続けることは大変なことです。全国の医者が全力をもってやらなければならない事態になっています。僕たちは内部被曝の問題を真剣になって取り組まなければなりません。長期内部被曝に関してどうするのかという問題が大きいと感じています。

 もう一度、5年目の福島を見るときにものすごく考えてもらいたいと思います。ここで診療所をやり続けていかなければならない。それは住民の皆さんの共同のものとしてやりぬかなければならないし、本当に支援をお願いしたいです。

1・17『A2-B-C』上映会での椎名千恵子(代表呼びかけ人)発言(要旨)

椎名千恵子 イアン監督とのご縁、映画にも出てくる、私が設立にかかわった「ふくしま共同診療所」、「3・11」5周年の課題について話します。

イアンから、福島を撮りたいので誰か紹介してほしいと頼まれて、この映画作りが始まった。みんな意気投合して、お母さんたち、子どもたちがインタビューに応じて、あの時だから撮れた素直なメッセージが出ています。
そのあと、私はふくしま共同診療所設立にかかわりました。チェルノブイリも色んな症状が5年目くらいからひどくなっている。いずれ福島も避けられないだろう。安心・安全で終わるわけがない、と6人の先生方が福島においでになって診療をしてくださるという話を聞いたので、設立呼びかけ人になりました。ふくしま共同診療所は、国内外のさまざまな人々に支えられている、寄付で成り立つ診療所です。そこに、イアンも取材に来てくれました。

この映画は、しばらくして配給停止になりました。国や東電に打撃を与える映画だったからです。子どもたちに「がんになるかもしれないんだ」と言わせる福島の現実、被曝下の現実を赤裸々に描いている。この攻撃に対して、私たちはイアンを励まし、イアンも「国に負けずにがんばろう」と、再び上映できることになりました。そしてイアンは2作目にとりかかりました。

このような診療所は、なくていいならそれに越したことはない。しかし必要なんです。避難が第一です。でも避難しきれない。だから、次は保養です。保養運動もやっています。
3・11は、寒い時期です。でも、時代のほうがもっと寒いです。この寒い時代に私たち自身が熱く、「子どもの命を大切にしよう」「私たちの未来を大切にしよう」「戦争絶対反対」の声を、政府と権力に向かってあげていきましょう。そういう怒りの声を結集したい。

311bira